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AI SANSAN

 投稿者:ももっこうの父  投稿日:2015年12月16日(水)21時34分2秒
返信・引用
  https://www.youtube.com/watch?v=tQsei5s7b7Q

きれいな声ですね。
 
 

Re: オジギソウ

 投稿者:ももっこうの父  投稿日:2015年11月10日(火)20時58分2秒
返信・引用 編集済
  > No.237[元記事へ]

双調さんへのお返事です。

頂いたキキョウの種から、数十株が育ち、8月から11月に掛けて咲きました。
土が合わなかったのか、3分の1は芽が出ませんでしたが、
分けて蒔いたので、残りの種からは発芽しました。
100~200の花から、種を採取しました。
来年はポットに一粒ずつ蒔きます。

ありがとうございました。
 

Re: 「いもうと」試聴可です。

 投稿者:ippanjin  投稿日:2015年11月 2日(月)11時18分21秒
返信・引用
  > No.242[元記事へ]

ももっこうのお父さん、この度は望外のご返事をいただき、心からありがたく思っております。

これほどこの歌について詳しい情報を教えていただけたことにお礼の言葉もありません。

この曲は私が高校時代、ラジオから流れてきてすぐに好きになったものでした。
他のフォークソングにはない、古き日本の情緒のようなものが歌いこまれ、何度も繰り返し聴いていたものです。
どことなく哀れで、何とも言えぬリアリティさえ感じられるところに強く引きこまれました。

それにもかかわらず、歌詞も正確には聞き取っておらず、誰が歌っているのかもよくわからぬまま、いつの間にか忘れ、
気がついたら40年以上もたっていました。

最近ネットで過去の音楽をいろいろ聞くことが出来、そんな懐かしい曲を聴き始めたら、
そう言えば昔、心を惹かれていた曲は何だったかと、記憶をたどって思い出した曲がこの「いもうと」でした。

しかし、「妹」で検索すると、メジャーな曲ばかりあるものの、目当ての曲はどこにもありません。
だんだん、曲名もおぼつかなくなり、うろ覚えの歌詞を検索キーワードにして、ここにたどり着いたというわけです。

当初はこの曲の題名とどこかで聞けるのかということがわかればありがたいと思っていたのに、
これほどまでに詳しく、曲の生い立ちを教えていただけて本当に感動しています。

教えていただいたような事情があると知り、やはり、あの時感じていた悲しいリアリティはそれだけのものがあったのだと、
改めてこみ上げるものがありました。
そして、それを見事に深い情感を呼び起こす詩として完成させた木下さんに、深く敬意を表したくなりました。

それにしても、2003年にCD化され、3番が加えられたと知り、マイナーのイメージでいたけれどそうでもないのか、
やはり、いい曲として評価されていたのだと思うと、うれしくなりました。

これからCDを探してみます。

本当にありがとうございました。
 

「いもうと」試聴可です。

 投稿者:ももっこうの父  投稿日:2015年11月 1日(日)22時44分48秒
返信・引用 編集済
  ポプコン・ガールズ・コレクション
アマゾンのサイトでさわりが聴けます。
40年前の歌とは、伴奏が違いますし、叶さんの歌い方も木下さんの思いをさらに組んだ歌い方になっているように思われます。
木下さんは、叶さんと直接、曲の背景を話されたと聞いております。


http://web-cache.chocomaru.com/jplayer.html?QU643&%7Fs%60a65w0%7Fr&EJ667345%3F5&75&nrrv%3C%29%29qqq%28dojjdigtb+lgvgh%28eik%29aiibu%29bcrgoj%2956%3E6%3E&72205%3E33%3F%3F
こちらが、当時の歌い方ですね。
 

Re: 「いもうと」という歌

 投稿者:ももっこうの父  投稿日:2015年11月 1日(日)22時36分41秒
返信・引用 編集済
  > No.240[元記事へ]

ippanjinさんへのお返事です。

「いもうと」という曲です。
木下シゲ作詩
木下純作曲
叶 正子(サーカス)歌

第6回ポプコンの曲です。

赤き帯小さくゆれて
ホタルとぶ 夜のあぜ道
なたねがら ふりてよびたり
ふるさとの
川のほとりの 板橋よ
わらの匂いよ
いもうとよ 幾年逢わぬ

むらさきのたもとも長き
千代紙の着せかえ人形
抱きしめて 遊びし秋の
ふるさとの
寺の縁側 落葉降る
銀杏の雨よ
いもうとよ 幾年逢わぬ

1973年のポプコンの歌詞は2番までしかなかったのですが、
2003年のCD化する際、3番が点け加わります。

粉雪のそでにかかりし
静かなる田舎の駅に
別れしは十二の冬か
ふるさとは夢さえ遠く
涙散る
旅路にあれば
いもうとよ いつの日逢わん
いもうとよ いつの日逢わん

CDは、ポプコン・ガールズ・コンピレーション。

作詞の木下シゲさんは、木下純さんのお母様です。
お母様の書きとめた詩に、息子さんが曲を付けたものです。

1~2番の「いもうと」は、
お母様の家にいた仲の良かった年下の女の子のことです。
ある日、お母様が学校から帰ると、その女の子がいなくなっていたそうです。
家族に聴いても詳しいことを教えてくれなかったそうです。
その悲しい思い出を詩に書き留めたのです。

3番の「いもうと」は、実は、お母様の弟さんです。
子供のなかったおじさんの家に、もらわれていった時の情景を書いたものです。
当時は、そういうことがよくあったそうです。
弟が12歳の冬、姉と別れるのが辛くて、駅から帰る姉たち家族を追って、
雪の道を裸足で走って帰ってきたそうです。
後日、改めておじの家にもらわれて行ったそうです。
幾年か経ち、大人になってから姉と再開し、当時、本当に辛かったと話したそうです。

以上の事を、メールで木下純さんに教えて頂きました。
木下純さんが、私が掲示板で、詩の美しさと曲の素晴らしさを書いた所、
それを、木下純さんがご覧になり、書き込みをして下さり、教えて頂いたことです。

木下さんとのやり取りは、そこで途絶えております。
最後の情報では、広島市のゲバントホール
http://gewand.jp/
の支配人をされながら、音楽活動を続けられていると聞いております。
広島県の広島市のイメージソングといいますか、それに応募された時の曲も教えて頂きました。

♪ふりかえってごらん きっと見えるはず…
という歌詞です。木下さんご本人も歌っておられます。
とりあえず、私の知っていることをお書きしました。
記憶の間違いもあるかもしれませんが、そのように思っています。
 

Re: 「いもうと」という歌

 投稿者:ippanjin  投稿日:2015年10月31日(土)22時03分13秒
返信・引用
  > No.6[元記事へ]

ももっこうの父さんへのお返事です。

> 故郷の 寺の縁側 落葉降る 銀杏の雨よ 妹よ 幾年会わぬ
>
> という曲がありまして、気に入っているのです。
> 銀杏を拾った神社は、稲荷神社で、キツネが巻物をくわえております。
>
> 写真の「カエデ」、きれいに色付いて、いいですねえ。
> 稲荷神社にも「カエデ」の木はあったと思うのですが、紅葉は未だのようです。

初めまして、ippanjinと申します。大昔好きだった歌を検索していたら、ここにたどり着きました。
歌の題名も忘れたもので、なんという歌だったか、教えていただけたら幸いです。
どこかで聞けませんでしょうか。

よろしくお願いいたします。
 

Re: オジギソウ

 投稿者:ももっこうの父  投稿日:2015年 8月11日(火)17時23分49秒
返信・引用
  > No.237[元記事へ]

遅くなりました。
こちらも頂いたキキョウの花のさきがけの一輪が咲きました。
デジカメを貸し出し中で、映像がありませんが、
幾つか蕾が膨らんでいますので、青紫の花の写真が撮れそうです。
茎が風になびき、傾いでいます。

こちらでは、オジギソウは、7月30日ごろ咲き始めました。
 

オジギソウ

 投稿者:双調  投稿日:2015年 8月 3日(月)20時30分48秒
返信・引用
  以前、いただいたオジギソウ。ちょっと前の写真です。
 

仕事一途に身を壊してしまうのではと心配な友人に充てた言葉。

 投稿者:宮田虎彦  投稿日:2015年 6月27日(土)23時02分6秒
返信・引用
  仕事はほどほどにと言っても、伝わらないでしょうねえ。
怠けるとかじゃあないのですよ。
君の代わりに仕事をする人間はいるけれど、家族の代わりはいないということです。
私は、いつも、昔の同僚の「いいように使われて…」という言葉が聞こえてしまいます。
太宰の「トカトントン」という小説の主人公も、「トカトントン」が聞こえてしまって、醒めてしまう男の話です。
その話を太宰がどう結んだかというと、


 拝復。気取った苦悩ですね。僕は、あまり同情してはいないんですよ。十指の指差すところ、十目の見るところの、いかなる弁明も成立しない醜態を、君はまだ避けているようですね。真の思想は、叡智よりも勇気を必要とするものです。マタイ十章、二八、「身を殺して霊魂をころし得ぬ者どもを懼るな、身と霊魂とをゲヘナにて滅し得る者をおそれよ」この場合の「懼る」は、「畏敬」の意にちかいようです。このイエスの言に、霹靂を感ずる事が出来たら、君の幻聴は止む筈はずです。不尽。

ある方も私のことを「かっこつけ」と言われました。
太宰も、知っているだけではだめで、体感しなければ、失敗を恐れていてはいけないと…。
ふざけている訳ではありませんよ。「トカトントン」ではなくて、「トコトン」やらなくてはいけないと、そうした者は、イエスの言葉に撃たれると…。

他にも、似たような言葉があります。何の役にも立ちそうもない学校の勉強をどうしてするのか?という若者の問いに、
「勉強の後に、小さな小さな赤いルビーを見つけることができると信じなさい」
というようなことを書いています。
私は若い頃これを信じることができました。
そして、今もそう思い、若い人に伝えています。
 

いつまでも見られますように

 投稿者:宮田虎彦  投稿日:2015年 6月21日(日)08時18分6秒
返信・引用
  http://www.tv-asahi.co.jp/hst/info/enquete/

多くの学者が、政府の提案に、憲法違反、またはその疑いがあると判断しています。
148人の学者のうち、憲法違反のうたがいはないとする人は、3~7人です。
民主主義は多数決ですから、政府は実質これで終わりです。
後は燃え残りさ。
愉快、愉快。
2012年の選挙で、自民に入れた方。時間がもったいなかったなあ。
公明の方、党の存在自体が疑わしいですが、今度はどことくっつくのでしょうか?
ですから終わりです。

アンケートが50人の時の唯一の「疑いなし」の判断をした人の文章の中に、私のようなど素人でも変だな、と思う所があります。


九州大学大学院法学研究院准教授・井上武史氏



憲法には、集団的自衛権の行使について明確な禁止規定は存在しない。それゆえ、集団的自衛権の行使を明らかに違憲と断定する根拠は見いだせない。集団的自衛権の行使禁止は政府が自らの憲法解釈によって設定したものであるから、その後に「事情の変更」が認められれば、かつての自らの解釈を変更して禁止を解除することは、法理論的に可能である(最高裁が「判例変更」を行うのと同じ)。そこで問題の焦点は、集団的自衛権行使を禁止する政府見解が出された1972年と現在との間に、解釈変更を基礎づけるような「事情の変更」が認められるかであるが、約40年の間に生じた国際情勢や軍事バランスの変化に鑑みれば、おそらく認められるだろう。政府は、新たな憲法解釈の「論理的整合性」を強弁するが(違憲説の根拠もこれである)、これが戦略的に誤りであった。「事情の変更」に基づく解釈変更であると言い切っていれば(つまり、初めから従来解釈からの断絶を強調していれば)、従来解釈との整合性が問われる余地はなく、その後において実質的な政策論議が展開されたかもしれない。この点、過去の解釈に拘る内閣法制局に引きずられ過ぎたのではないか。もちろん、政治的には難しかったのかもしれないが。ある憲法解釈が妥当か否かは、憲法学者の多数決や学者の権威で決まるものではない。重要なのは結論を支える理由や根拠である。集団的自衛権の行使許容論(上記)が憲法上可能な主張であることも紹介してほしい。安全保障という高度に政治的で、また、刻々と変転する国際情勢の動きに機敏に対処しなければならない課題を、憲法解釈という枠組みで論じることの是非こそが問われるべき。70年前の憲法の文言や40年前の解釈との整合性に腐心するのは、意味ある議論ではない。「歯止め」については、それを憲法に求めるのではなく、選良である国会議員や首相・大臣の判断をもう少し信用してはどうか(それが民主主義であり、たいていの国はそうしている)。重要な決定を迫られる緊張感に耐えてこそ、民主主義は逞しくなるのではないか。

最後の所のこの部分。

「歯止め」については、それを憲法に求めるのではなく、選良である国会議員や首相・大臣の判断をもう少し信用してはどうか(それが民主主義であり、たいていの国はそうしている)


「選良である国会議員や首相・大臣」は、安倍政権のことですね。
「たいていの国ではそうしている」は、90%以上でしょうか?
 

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