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苫小牧ゆかりの作家・内山安雄の初版本1?冊を苫小牧市立図書館に寄贈 内山安雄コーナ新設の運動を

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2017年 3月22日(水)11時53分0秒
編集済
  ・厚真町出身で苫小牧高等専門学校出身の作家・内山安雄の作品が、苫小牧市図書館に揃っていないので、私手持ちの作品を図書館に寄贈することにした。以下は寄贈作品。地元ゆかりの作家の作品がないのは、純文学作品でないからということらしいが、資料収集の意味合いをどう考えているのか、図書館の姿勢が疑われる。今後、内山安雄コーナ新設を運動したい。

・「ダッシュ」角川書店初版・平成十二年刊
・「トウキョウバグ」毎日新聞社初版・1999年
・「アジアウラ楽園」kkベストセラーズ初版・1998年
・「マニラ・パラダイス」集英社初版・1995年
・「天安門の少女」新芸術社初版・平成二年
・「樹海旅団」新潮社初版・新潮社・1995年
・「上海トラップ」立風書房初版・1996年
・「グローイング・ジュニア」講談社初版・2007年
・「大和魂マニアーナ」初版・光文社・2008年
・「ミミ」初版・毎日新聞社2002年
・「フイリピン・フール」初版ソニーマガジンズ・1996年
・「さらばマフィアとの日々」初版ソニーマガジンズ・1995年
・「霧の中の頼子」初版角川春樹事務所・2003年
・「アジアン・ラブ」初版広済堂・平成10年
 
 

文芸評論家の岩谷征捷が「札幌文学」五十八号の小説・石塚邦男作「海辺の墓地」評

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2017年 3月 9日(木)06時02分12秒
編集済
  ・長野県在住の文芸評論家・岩谷征捷氏が札幌文学85号の拙作小説「海辺の墓地」の感想評を送ってくれましたので以下に紹介します。

・石塚邦男さんは極めて方法的に意図した小説を書くひとだと記憶してます。今号は有名なヴァレリーの詩句からの「海辺の墓地」。やはり冒頭、聴覚から刺激され、一枚の絵が触覚される。私の中で感覚が洗われるのは、酔いのせいだけではないでしょう。海辺で出会った女は誰か?ということは、自分とは誰か?ということでもあるのです。私たちはどこから来てどこへ行くのか?失われた時を求めて、純文学的な科白、純文学的空間、というとどきりとさせられますが、石塚さんはもちろん揶揄的に使っているのです。そうすると、どうやらこれは、小説を書くということについての小説、メタ・フイクションなのかもしれません。

・話を進めながら、作者自身がひと息入れて(自注を入れて)「話は怪奇なものに変わっていた」などと、自らを解放させています。そしてまた「推理小説じみて」とも語るのです。後半に入って、「私は、両手を翳して眺めた」辺りから物語る先が予見できるようです。そうすると「海辺の墓地」という一見抒情的な(と感じるのは私だけかもしれませんが)題名もパロデイと化すのです。洋の東西が交錯し、その結末の「南無阿弥陀仏」との齟齬が、逆に面白いのでした。西を逃れて、タヒチにやってきたゴーギャンの孤独と幸福に想いをやっている自分に気がつきました。

・酒がちょうど無くなっていました。カウンターの向こうの親爺に、銚子を振ってみせました。もう小説を書くことはないだろうな、ときどきは呟くようにパソコンの画面に文字を打ち付けるだろうが、それを誰かに読んで貰おうと印字することがあるだろうか、作品以前には、自分が何者であるかを知らない、それどころか、何者でもない、....とあれこれ考えます。酒と新しく焼いてもらった「はたはた」の干物が旨い。読むことはボケるまで続けるだろうな、読者が作品を作る、そうなのです。読者こそが作品の真の作者であり、かかれた「もの」の意識であり、生きた実体なのだ。

・したがって、作家にはもはや、この読者のために書き、読者と一体化するという目的しかない。と、とつぜん元気になりましたが、しかし、これは希望のない企てなのかもしれません。読者が期待しているのは、まさに経験したことのない何か、異なる現実、読者を変質させるような作品なのですから。新しい同人の作品を読むことをたのしみにしています。

 

北海道新聞夕刊に文芸評論家の妹尾雄太郎氏が「札幌文学」など同人雑誌評

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2017年 3月 8日(水)00時25分44秒
編集済
  妹尾雄太郎氏の同人雑誌評を以下に紹介。北海道新聞夕刊三月七日掲載。

・「さっぽろ市民文芸」33号。地主清「血をつなぐもの」は冒頭からトンビの市街の描写で読み手をつかむ。酒乱で暴力的な父親が、自分と家族の上で流れた人生の時間によって穏やかな人間に変わっていく姿が2匹の犬に対する向き合い方の変化によって暗示されて胸を打つ。人間の多面性に対する視点が作品に奥行きを与えている。

・「札幌文学」85号。石塚邦男「海辺の墓地」。記憶喪失的な男と若い女が海辺で交わす会話で成り立つ夢幻的な世界。意外にもラストが照らし出す遠く過ぎ去った若き日々。単なる回想にならぬように仕組まれた構成が巧み。優れた書き手を輩出してきた老舗同人誌の分厚さが近年、号を重ねるごとに薄くなっていく様子に一抹の寂しさを覚える。今号には新人に作品発表の場を与えるという編集方針に変更して門戸を広げ、新同人を募集するという告知が載っている。

・「視線」(函館市)7号の創作はじんひさし「走癖」、松越文雄「田中食堂」、木田祐介「匂」の三編でそれぞれ味がある。この誌は評論が充実しているのが特徴的。松代周平「高瀬舟・朧夜の舟航」後編、は森鷗外の作品における「利己」と「利他」という問題についての刺激的な論。今号は亀井勝一郎と石川啄木を特集。安東章二「函館のロマンチシズムー亀井勝一郎と島崎藤村」発表された亀井の「北海道の思い出」中でよく知られた「函館のロマンチシズム」という規定をめぐる興味深い論考。近藤典彦「啄木調短歌ーその誕生と確立」はいわゆる「啄木調」の成立過程を前田夕暮の自然主義的短歌との比較から検証した論考。個々の短歌を具体的に比較分析して「啄木は認識歌または心理歌とも呼ぶべき新短歌を創出した、と指摘する論には説得力がある。引用歌の一つ「夜の二時の窓の硝子を\うす紅く/染めて音なき囲炉裏の色かな」の不安な映像は、発表から百年以上経つが、時を超えて今という時代の不安をも感光させてくれる一首と読めたのである。

・「いぶり文芸」(室蘭市)47号。高岡啓次郎「クラック」に深い余韻があった。浅野 「アイヌ口承文芸の筆録者・伝承者 金成マツ略伝」は連載3回目の地道な仕事。

・「コブタン」(札幌市)42号。須田茂の連載「近現代アイヌ文学史稿⑦」は「近代アイヌ文学に流れる様々な伏流を探ろうとする時、キリスト教が与える影響について豊富な資料をもとに論じている。
                 (せのお・ゆうたろうー個人誌「想」発行人)


 

短歌

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2017年 3月 1日(水)09時25分54秒
編集済
  ・伝統のなき北の地を麗しと思ひこそすれ時に憎みをり
・うちぬきの伏流水にそへし手の恋を恋ふごと眼つむれば冷ゆ
・時へれば若くありし日懐かしき雪山ひそと日々に崩へゆく

・妻を子を守らむとして耕せる土黒々と雪間にのぞく
・何を言ひ何をなさむとしたる君今握る手のゆるみつつ行く
・逝く君の面て見ざりきわが胸に浮かぶ貌こそ花のごと笑む

・血はいまだ滾りをらむかわが胸の奥処に兆すものを恐るる
・ひとひらの絵葉書手にして見入りたる思ひは少年時代に続く
・文の束そろそろ始末せむといふ枕詞に始まる電話

・留守電に「死んでやるから」とだけありしどうせ嚇しと思へど不安
・顛末は語るほどでもないことと破り捨てたるひとひら絵葉書
・青春は残酷なもの時経てばなべてなつかし恥じ入ることも
 

北海道新聞文芸欄短歌一首足立敏彦選

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2017年 2月27日(月)03時24分28秒
  二月二十六日北海道新聞朝刊文芸欄短歌、足立敏彦選で一首

・足ひきの樽前山の噴煙のたなびきゐたり今朝の寒晴  石塚 邦男
 

時期を得た苫小牧民報の夕刊時評「寺と少子化」

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2017年 2月20日(月)20時33分29秒
編集済
  ・なかなかいい時評であった。(下)の時評氏は、最近筆が冴えてきた。以下に紹介。

・「寺と少子化」

 お坊さんも大変な時代である。先日、小さな町にある菩提寺の住職と話をしていて、地方の寺院が直面している厳しい現実を知った。聞けば、法要だ、命日だと、年がら年中、車のハンドルを握り、何時間もかけて道内各地の檀家巡りをしているという。町から都市へ出て行った檀家との縁を守ろうという必死の努力だ。
 少子化、核家族化、過疎化ー。そうした問題は寺院も無関係ではなく、檀家の減少や分散化を招き、寺の経営を圧迫している。経済誌記者で僧侶でもある鵜飼秀徳氏の著書「寺院消滅」によれば、寺院や神社、教会を含めた宗教法人は全国に17万7000あり、2040年までにその4割近くが消滅する可能性があるという。本では地域の人口減少で生活できなくなった僧侶や、荒れはてた境内墓地の惨状も克明に伝えている。
 一家、一族の墓も少子化で消滅の道をたどるのだろうか。継ぐ者がいないといった理由で代々の墓を取り壊す「墓じまい」が広がり、他人の遺骨と一緒の共同墓も注目を集めている。苫小牧市が高岡の霊園に設ける共同墓も予想を超える市民の関心の高さから、遺骨収容数を急きょ3000体から5000体へ拡大する計画に変更。それに伴って供用開始の時期を今年10月から来年4月に先延ばしした。
 ニーズの強さから小売業大手のイオンの葬儀関連会社も今月、道内で初めて、苫小牧の寺院と連携した合葬の永代供養墓サービスを始めた。連綿と続いた人と寺、墓のつながりの習慣も消してしまう、現代社会の問題の根深さに驚く。
 「将来、どうしようか」墓の後継ぎがいないわが家でも、最近、妻とそんな会話が増えてきた。(下)
 

読売新聞北海道歌壇 大朝暁子選で一首

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2017年 2月17日(金)02時00分46秒
編集済
  十五日読売新聞北海道歌壇に大朝暁子選で一首掲載。

・頑迷に医者を拒みし父親は六十二歳に逝きたる雪の日  石塚 邦男
 

安倍晋三総理はトランプ大統領とゴルフ会議・・・変なお荷物背負ってこなければいいが・・・

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2017年 2月10日(金)05時58分35秒
  ・安倍総理が渡米した・・・。トランプ新大統領とゴルフをしながら友情を育むというが、日本国民は、変なお荷物押し付けられないかと心配している。

・一見、西部劇の悪漢みたいな大ぼらを語るトランプの個性だが、ちょっとたりないアメリカ人の典型みたいな男のように見えるが、腹黒い不動産屋だから、坊ちゃん育ちの安倍総理を不安視する日本国民の心配も当然だろう。無事に帰ってくればいいが・・・。
 

新道展の吉田隆一画伯からお手紙

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2017年 2月 9日(木)15時59分41秒
編集済
  吉田隆一さんは新北海道美術協会の創設当時からの会員で、同展の発展に貢献してきた重鎮であるが、私が新聞記者であった四十年前からのお付き合いをしてきた画伯。飲みながら芸術論を語り合った旧友でもあり、現在も時折電話しあっている仲。彼は若い頃新聞記者をしていたことがあり、その後教師になって定年を迎えた後は、画業に専念する傍ら、地元の経済雑誌に長く歴史ものを連載していた個性的な書き手でもある。その吉田さんから、このほどお手紙が届いたので紹介したい。私のことを少々持ち上げてお書きになっているところは面はゆくて恥ずかしいが、彼との心の交流が絶えない手紙をうれしく拝読させていただいたことに感謝しつつ以下に原文のまま掲載させていただいた。

・何気なく北海道新聞の文芸欄をみた。

  落陽は高圧線に傾きてぬまのはたなる駅舎を照らす

・この句を読んだ時、様々な人に対しての挽歌を感じた。
 落陽とは残されたささやかな光であり、その光も高圧線という鋭い遮蔽物に遮られているが、わずかであるが照らしてくれている。照らされているのは己なのである。残念ながらそのわずかな脚光を自覚していない作家、画家が多い。

・「ぬまのはた」という名の駅舎は、どこにでもある役目を終えた場所であり、人間でもあるのだ。あえて地名を固有にしないところにこの句の作者の意図が感じられる。
 この頃貴兄に創作に対しての才能と情熱を再評価している。「札幌文学」を見たが、これが北海道を代表する同人誌であったのかと、その薄さに驚いた。内容はともかく文字をつつ‘ることに対して、執着心がないことを知らされた。

・絵画や文学を志す人間はどこの土地にも多くいたはずだ。だが文字をつつ‘って表現する、まともな人は少なくなった。文字をつつるより、言葉が優先する世になったと言えなくはない。もともとそういう情熱と才能を持っていた人は少なかったのだ。ただ北海道弁でいう「いいふりこき」がいただけで、文学を語ると頭が良いと思われたから存在したのだ。

・だが貴兄は数少ない本物の「文学の巨人」だ。創作、ノンフィクション、評論、短歌、詩、俳句と多種に取り組んでいて持続している。そういう人は私の知る限り少ない。(以下一部省略)

・話は変わるが、石塚さんの民報での功績はいつも聞く。あの時の掲載記事で育てられたことが、絵描きとして大成した原動力になったという。佐藤フサ子さん(全道展会員・故人)、金内敬子さん(新道展会員・故人)らはいつも私に語っていたが、貴兄の世話になった多くの人達はすでにない。あのプライドの高い星野恒隆さん(苫小牧美術協会会長)でさえ、石塚さんの居た時の民報は美術活動を支えていたと評価していた。

・「いぶり文芸」には「噴火湾と円空」という題材で五十枚程度まとめたいが、本当はもっと枚数が必要だ。詳しい募集内容が決まったら知らせてください。この頃の私を関係者は、狂い咲きに近い評価をしてくれているが、それも貴兄の生きざまに影響されて表現活動していることを申しそえたい。

              新道展会員・作家 吉田隆一(苫小牧市澄川町6丁目1-15)
 
 

(無題)

 投稿者:根保孝栄・石塚邦男  投稿日:2017年 2月 7日(火)22時26分8秒
編集済
  ・裏切りを疑ひてのち言の葉のすべて髑髏の形を持てり
・認めよと迫る哀しみ薄まらずいつしか眠りに誘ひ行けり
・あの時は熱に浮かされ哀しみの淵に溺れる夢の内外

・ハグをして別れのときの約束をプラットホームに確かめてゐつ
・仔細なき別れのふりをしてみせる何処の海に行きて眠らん
・行き戻り背中合はせに哀しみの降り注ぎくる霰のやうに

・別れ来て振り返らずに歩み行く車一台通り過ぎたり
・青年は前のめりに生き急ぐ傷なべて癒ゆることなく胸に積りぬ
・あふぎみる月の影さへ久しくもお目にかからず冬至を過ぎぬ
 

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