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H.-G. ヴェルナー: ヴェールトの詩『ランカシアの歌』について 1

 投稿者:namiki  投稿日:2008年 6月19日(木)02時19分0秒
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      ハンス−ゲオルク・ヴェルナー:ヴェールトの詩『ランカシアの歌』の文芸学上の特徴について
                                      訳:並木 武
    Hans-Georg Werner: Zur ästhetischen Eigenart von Weerths “Lieder aus Lancashire”
                                                                   Übersetzung: NAMIKI Takeshi

   訳者前書き
  以下に訳出するのは旧東独のアカデミー版叢書(Kaufmann, Hans u.a.: Georg Weerth : Werk u. Wirkung.(Lit. u. Gesellschaft 20). Akademie der Wissenschaften d. DDR. Berlin : Akademie-Verlag 1974 193 S.)所収の論考からのもので、上掲の詩の拙訳の際に参考とさせていただいた。ちなみに同書の目次は、
 Hans Kaufmann: Vorbemerkung                                                                Seite 7
  Werner Feudel: Georg Weerth und die sozialistische dt. Literatur                               11
  Bruno Kaiser: Editorische Probleme bei denTexten von Georg Weerth                            28
  Mary Kemp-Ashraf: Georg Weerth in Bradford                                                     44
  Hans-Georg Werner: Zur ästhetischen Eigenart von Weerths „Liedern aus Lancashire“          60
  Silvia Schlenstedt: Gedanken zur Verwendung mythologischer Motive in der
  sozialistischen Dichtung                                                                       73
  Frank. Wagner: Einige literarhistorische Beobachtungen an Weerths Romanfragment                  82
  Dieter Schiller: Das Erbe der Vergessenen                             92
  Ingrid Pepperle: Zu neuen Tendenzen der Auseinandersetzung mit der revolutionär-demokratischen
   und sozialistischen Literatur der bürgerlichen Aufstiegsphase                                  113
  Sergei Turajew: Georg Weerth und die Romantiktradition                                          125
  Reinhard Weisbach: Divergenz und Parallelität                                                   144

となっている。ここで、本書を概観するものともなっているKaufmannのVorbemerkung(序言)を掲げておこう。

  <マルクスとエンゲルスが友人ゲオルク・ヴェールトの別して優れた特徴として評価しているのは、ヴェールトが形式ばった書き方をせず、当時の政治的文学に蔓延していたしゃっちょこ張った「くそ真面目」(Ernscht)とは無縁であったということである。「愉快で切れ味鋭い」とエンゲルスはヴェールトを主筆とする『新ライン新聞』の文芸欄を誇らかに称えている(MEW Bd. 21 S. 6)。(これとは逆にマルクスは、「モールの王様」フライリヒラートに、「私生活でアフリカの王様らしく実践しているユーモアを」政治詩でも表現するよう奨めたが無駄だった。MEW Bd. 27 S. 597) ヴェールトのこの本領を明らかにすることに、この詩人の生誕150年を記念して科学アカデミー文学史部門中央研究所とドイツ民主共和国各地の研究者とで催した小規模な研究大会の成果の一部として出版された本書が幾分なりとも寄与しているといえよう。記念日を単なる儀式にしてはならないというのが大会参加者の意向であった。祝辞の類は省略され率直な問題提起がなされ、われわれの精神的・文学的生活にとって興味あることがらが論議された。そのため、多岐に渡る研究分野の様々な観点から記念対象について論争がなされ、ヴェールトに引続き取組むことの重要性が明らかになった。適切な動因がないと日の目を見ないであろうような文献学的・歴史学的・文学史的特殊研究の諸成果は文学理論的論考、さらには20世紀文学との関係への取組みによってより充実したものとなった。
  1956年の5巻本の出版によって詩人の全体的な姿を明らかにする可能性を初めてつくりだしたBruno Kaiserはヴェールトの新たなテキスト発掘の状況を解明し、テキスト開拓のための新たなる課題を指摘するとともに、たとえば反ファシズム小説における労働者像とか現代詩のモチーフにつての研究から出発して、ヴェールトの小説断片や風刺的散文・抒情詩を新たに読み込んで新たな成果を挙げた研究者たちとの対話も行った。 ヴェールトのチャーチストとの関係についてその一端を報告したMary Ashrafは、マルクスとエンゲルスの同志たるヴェールトはその文学作品を通してイギリス、フランスおよびドイツの労働運動に加わっていたのであるから、彼の全体像を解明するためには学際的・国際的視点が不可欠であることに注意を喚起した。ヴェールト死後の彼の作品の運命、ドイツの社会民主勢力によって護られてきた抒情詩の伝統における彼の位置、さらには、ブルジョア文学研究が一世紀の長きに渡って彼の上を蔽っていた完全なる沈黙などについての多岐に渡る指摘もなされ、単なる歴史的追想に留まるものではなく、むしろ、ヴェールトの業績と影響が革命的労働運動の前進と密接に結びついていたことを解明した。さらにこのことは、重要な作家(例えばヴェールトやヘルダーリン)の忘却と再発見の原因についての、さらには19世紀の半ばにその地歩を築き、現今の文学においてブルジョア文芸学の対極をなす抒情詩の根本的地位を成功裏に築き上げたことについての論考と関連するものであった。
  資本主義のドイツにおいては1945年まではヴェールトの社会主義的抒情詩のアンソロジーが出版されただけだし、若干のマルクス主義的批評家が彼を評価するのみであった。偉大なる10月革命に勝利した国におけるマルクス主義的研究は、エンゲルスの評価を引き継ぎ、進歩的文学運動の歴史においてふさわしい地位を初めて彼にささげた。このことに鑑みてわれわれはSergei Turajew(モスクワのマクシム・ゴーリキー世界文学研究所)の論考を本書に収めさせていただいた。Turajewは、ヴェールトの作品の特定の側面の解釈から出発して広く文学史に踏み込み込んでドイツロマン派に対する批判を提起した。詩人の生誕(没後?)100周年にドイツの地における最初の労働者と農民の国で最初の全集が出版されたということは、社会主義の勝利とともに革命的伝統をもはや隠蔽し通すことができないという新しい事実の明確な表現であった。ヴェールトの『大砲を鋳る男』はわが国では読本に採用されており、資本主義諸国では彼の作品は文学における反帝国主義的闘争において大きな役割を演じている。ドイツ連邦共和国などにみられる歪曲や過小評価の試みすら文学における革命的理念の前進の − たしかに歪んだものではあるが − 反響なのである。このことも大会で言及された。
  このようにヴェールトはまさにわれわれのなかに生きているのであり、このことを本書は証明していると言えよう。これが種々の刺激となって若いドイツ労働者階級の若い詩人たちとも手を携えてわれわれの研究と精神生活をより豊かなものにしていくことが期待される。>

  本論考の著者Hans-Georg Werner(1931-1996)はMartin-Luther-Universität Halle-WittenbergのGermanistikの教授で旧東独を代表する学者のひとりであり、1972年には東独からの最初のGermanistとして来日されたことがある。1989/90年の再統一/転換(Wende)後は一時イタリアの大学で教鞭をとっておられたようであるが、96年比較的早く亡くなられてしまった。
   主な著書:
E. T. A. Hoffmann. Weimar : Arion Verl., 1962/Berlin, Weimar : Aufbau-Verlag, 1971, 2., durchges. Aufl.
Geschichte des politischen Gedichts in Deutschland von 1815 bis 1840. Berlin : Akademie-Verl., 1969/2. Aufl. 1972
Über Poesie und weiteres oder das Komma im Frack und anderes / [hrsg. von Hans-Georg Werner in Zusammenarbeit mit    Dietrich Freydank ...]. Halle : Mitteldeutscher Verlag, 1981
Studien zu Georg Büchner. Berlin : Aufbau-Verl., 1988, 1. Aufl.
Literarische Strategien. Stuttgart : Metzler, 1993

   本論考の底本は、
Weerth, Georg: Sämtliche Werke in 5 Bdn. Hrsg. von Bruno Kaiser, 1. Aufl., 1956-57 Berlin Aufbau-Verl. 320, 522, 519, 567, 575 S.: 1 Titelbild (Werke),
参考文献としは、
Hermut Brandt: Georg Weerth „... der erste und bedeutendste Dichter des deutschen Proletariats ...“ In: Wissenschaftliche Zeitschrift der Friedlich-Schiller-Universität Jena 8 1958/59 2/3 S. 391-400; Gesellschfts- und Sprachwissenschftliche Reihe(Brandt)
および、
Karl Marx/Friedrich Engels: Werke. Inst. f. Marxismus-Leninismus beim ZK d. SED. Die dt. Ausg. d. Werke von Marx u. Engels fusst auf d. vom Inst. f. Marxismus-Leninismus beim ZK d. KPdSU Berlin : Dietz 1968 ff. 44 Bände.(MEW)
にほぼ限定されている。引用に際しては、煩瑣を避けるためその該当箇所に略号、号巻および頁数のみを付記した。
                                              2008年6月  訳者


  マルクス・レーニン主義文芸学は、特にドイツ民主共和国とソヴィエト連邦において、ゲオルク・ヴェールトがドイツプロレタリアートの最初の詩人であり、19世紀のドイツ文学における偉大な政治詩人のひとりであることを明らかにしてきた。しかしながら、彼の文学・芸術論上の功績の特性について厳密に考究され、彼の多くの文学が125年以上も後の今日においてもなお有効であり、現実と正面から向き合い現実を訣摘することができることについて十分解明されているとは言い難い。 本稿は、『ランカシアの歌』の若干の詩を手掛かりにこの問題を明らかにするための一石を投ぜんとするものである。
  ヴェールトの営為の政治的、世界観的および芸術理論的土台を確定しておくこと、すなわち、この『ランカシアの歌』の詩人が共産主義者であったこと、彼が史的唯物論の本質的原理を確信し、その原理に基づいて自分の歴史観を構築していたこと、その文学において戦うプロレタリアートの側に立ち、その文学によって彼らを励ましていたこと、これらを確認しておくことがここで想定されている考究の出発点である。この確認作業によってわれわれは彼の時代の社会的・政治的現実に対するヴェールトの文学・芸術論上の関係に焦点を絞ることができ、彼の文学の一般的・イデオロギー的性格を確定することができるのである。しかしながらこれによって具体的な文学的内容を直に断定できるわけではなく、それができるのはテキストの分析による他はない。
  先ず「ランカシアの飲屋のおやじ」を読んでみよう。
  この詩は革命的傾向を有している。貧しい人々によって提示された訴えは、順次重みを増し、文学・芸術論上の機能もその激しさを上昇させることによって資本主義の根本矛盾から直接招来されるプロレタリアートの社会的な根本的な問題の本質を明らかにしている。すなわち、生産する者が人間的存在を脅かされるほど自己の労働の所産から疎外されているということである。個々の訴えは積重ねられ結集されることによって告発となっており、最後から2番目の節ではひとりひとりの労働者がそれぞれ自分の困苦を提示するのではなく、別の労働者が隣にいる労働者の苦境を自己のものとしているのである。罵りの言葉「ちくしょう!」(Goddam)は訴えから怒りへの転換のシグナルとなり、ジャックにトムにビルにベンがこの罵言を共有することによって怒りは集団としての性格を帯びてくる。これに緩やかな形で結びついた最後の2行、

  その夜、柔らかな羽根蒲団で
  お金持ちはいやな夢を見た

は、ここに描写された状況の歴史的結論、すなわち、金持ちの悪夢の中で先取りされた革命を示唆している。
  この詩は三月前期の大部分の作家たちの革命詩とは、そのプロレタリアート的性格も含めて、大いに趣を異にしている。何となれば、ここでは現実の社会的状況に対し叙情主体がイデオロギーを先取りしたり、風刺を先鋭化させて間接的に描写する設計図を対置したりするのではなく、リアルな現状を描写することによって革命的展望を明確にしているのである。これは唯物論的歴史観を前提にして初めて可能な特徴なのである。ヴェールトは、その重要な詩「工業」(Die Industrie)において提示したように、資本主義を社会組織の歴史的に必然的な形態と考え、これは歴史の中で内包する矛盾をますます先鋭化させ、それによって己を克服する力を創り出すと見ていた。『ランカシアの歌』の詩人の特別な功績はこの世界観上の認識を文学・芸術論的に実現することができたことにある。
  このことで決定的なのは、ヴェールトがとりわけ「プロレタリアートの生活の実態に則した諸状況から」(Brandt S. 396)描写しているということである。それ故彼は、資本主義社会における革命的緊張の増大を資本という匿名の支配者に対する社会的に最も決定的で人間的に最も力強い対立者という観点から把握していたのである。これに『ランカシアの歌』の諸モチーフは基づいているのである。しかしながら、彼の描写の功績が単に「プロレタリアートの生活の実態に則した諸状況から」「そのものとして提示」され「自ずから語っている」(Brandt, ebenda)ということにあるとするのは過小評価の嫌いは否めない。
  これらのモチーフの機能は相互に関連しあって提示されているが、この関連は必ずしも個々の事例の再現に対応する詩の枠組みを形成しているわけではない。『ランカシアの飲屋のおやじ』はある社会的状況に非常に高いレベルで普遍性を持たせている。このことについは第一節の民謡調の導入部が特記さるべきであろう。これは読者を徐々に社会的テーマに接近させる試み以上の意味を有している。これはこの詩の出発点を構成しているばかりでなく、時間の経過と実際の歴史的闘争から距離を置いた視点を創りだしている。すなわち、主語先取、反復および並置語法によりモチーフによって媒介された印象を深化させ定着させている。かくして読者は伝統に根ざした民衆文学を連想することになるが、この連想は経過のなかで事態を社会的歴史的視点から規定するふたつの社会批判的付加語形容詞(「けちな」ビール、「貧乏」人)によって打ち破られる。第二節はまず社会的規定(貧乏人)が来て、第三、四行においてこの規定は強化される。これに加えて継続と反復の様態が追加される。かくしてこの詩は社会的に厳密に規定された諸関係の普遍妥当な表現たりえているのである。
  この導入部があって初めて貧乏人たちの苦情は、個々人の状況に限定された発言として形式内容とも類型化されているとはいうものの、効果を発揮する。このことによってこの詩は相対的な静止状態およびモチーフの普遍性と具体性ならびに漸次増加していくダイナミズムとの間の緊張を創り出していく。この緊張の解決は解説を随伴させたり叙情主体が結論を出したりしても、いわんや、傾向を付加えたり追加したりしてもなされるものではなく、モチーフを整理し、読者をしてこの作業に専心せしめ、よって革命の必然性を思想的に帰結せしめることによって初めて達成される。すなわち、このような詩的技巧によって「事態が自ずから」語っていると思えるようになるのである。
 

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