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3.「転換」の後
89年11月9日、東ドイツ政府はこれまで厳しく規制していた西側諸国への旅行・出国・移住の自由を保証するため、西ドイツとの間に新たに約25の検門所・通過所を設置すると発表。これを知った市民がぞくぞくと押しかけ、規制しきれなくなった係官がやむなくパーを開放したため、西への通行は事実上全く自由となった。ここにおいて、28年に渡って続いた「壁」はその機能を停止し、東西両ドイツの間で国境はなくなったも同然となり、状況は急転回する。
聖なる夜
寒い夜
ローマ帝国は
口ずさ(沈)む:
おまえたちの皇帝が
生まれたのだ (89/90年)
この年の暮れ、夜風の身にしみる頃、聖歌が聞こえてくる、キリストならぬ新しい皇帝(カイザー)の生誕を歌っている(“singt")ようだ。東ドイツは没落し・沈み(“sinkt"、「歌う」と同音)つつある。これまでのスーパーマーケットはいち早く西ドイツのチェーン店の「カイザー」などに衣替えだ。東ドイツの西ドイツ化を巧みに表現して余りある。当時の西ドイツ首相コールはこの頃皇帝とか「鉄血宰相」として有名なビスマルクの再来などと言われた。
いつも踏みつけられ
打ちのめされているような
気がする
例の
新しいやつの
せいなんだ (90年)
生活のあらゆる領域に「西ドイツ方式」が拡がって行く。なかなか馴染めない。いらいらするばかりだ。
あの時は
みんな
一緒だった
今は
みんな
ばらばら
だ (90年)
3月の人民議会選挙を前にして、かつて「転換」をともに戦ったひとたちもその後の状況の変化のなかで、袂を分かつようになってしまった。あの時の熱気はどうしてしまったんだろう。少ない言葉に万感を込めている。この詩集のタイトルもここから採られていることからして、この詩が出版のメッセージと考えてよいだろう。「みんな一緒」も「みんなばらばら」も同音(“alle alle”)。
円卓に
座っている
ひとは
お互いに
一本の脚をはさむことになるのを
避けなさい (90年)
「転換」後、全政党と市民団体などで東ドイツの今後の展望を協議する「円卓会議」が開かれるようになったが、ここにも日和見主義者や投機分子そして西ドイツ丸抱えのものなどがいて議事は混乱し、成果ははかぱかしくない。テーブルの一本の脚を両足にはさんで座ると不運に見舞われるという迷信を巧みに「双股膏薬」批判に結びつけている。
ぼくは石ではない
だが 石のようだ
薪ではないが
木のようだ
自分のなかに
違和感があり
白昼夢を
見る
風に
ぼくの友達に
なるようにとは
命令できない (91年)
時が経つにつれ西ドイツ化も生活のすみずみにまで行き渡る。以前の生活のリズムから抜けきれないもどかしさと新しいものに対する違和感にさいなまれる。でも、風(時流)に逆らうことは出来ないのだ。
ぼくは破壊しはしなかった
ドイツの壁の向こうの
エルサレムも
エリコも
ただ
どこか別の所で
石と木組で
壁が作られて
いるのではないかと
気がかりでならなかった (91年)
旧約聖書においてエルサレムやエリコが壁を破壊され征服された故事があるが、東西の壁は取り払われ、東は西ドイツに征服されたようなものだ。確かに物理的な壁はなくなったが、心のなかの精神的な「壁」が生まれつつあるのではなかろうか。
ドイツ人が
歴史の時計の針を
ゼロに
巻き戻したのは
何度目か
そして
あれからはや二年目
ゼロに焦がれるひとたちが
沢山いる
そこに立って
相手のせいだと
怒鳴っているのは誰なのだろう (92年)
ドイツは二度の世界大戦を引き起こし、その都度平和が誓われた。「統一」から2年、期待を裏切られて現状に不満をつのらせ、よく東西で相手を非難し合うのを聞くが、歴史の歯車を逆回転させ、「統一」前の状態に戻すことは出来ないし、またそうすべきでもない。
木の
枝の間で
鳥があれやこれや
おしゃべりの真っ最中
僕らは光を遮られ
夜もおなじこと
なぜならば
木は
木で
あり
僕らは
僕らなのだ (92年)
「統一」の「後遺症」について議論がかまびすしい。問題は山積みし、東のひとの多くが「冷や飯」を食わされているのは確かだが、現実を見据え、旧東ドイツの積極面を守り前進する以外にない。詩の外形を樹木の形に似せ、そこに巧みに寓意を潜ませることに成功している。「木」はもちろん旧東ドイツを表し、特に、「僕ら」に根を大地に大きく張らせているのは感動的ですらある。
以上のこの期の詩8編を見てきた。もちろんもともと詩に作者の理念なり考えの全てを負わせることは出来ないわけであるが、これらの作品を通して著者は「転換」ないし「統一」後の旧東ドイツの現実を、ところどころに詩的技巧を織り混ぜながら効果的に形象化して、現在の問題点を、その全てではないにしても、浮かびあがらせている。尚、「夢」をテーマとする1編は省かせていただいた。
この詩集の最後は「転換」期の自分と自分をとりまく状況を回顧する散文で、「あとがき」的性格のもので作者を知るうえでも興味深い。やや長くなるが、全文を掲げておこう。
もう沢山だ。みんなで転換を一気に片づけている。みんなたしかに転換者だった。みんなたしかに市民運動
に参加した。みんな一緒だった。もう沢山。本当に沢山なのか、目立たない小さな部屋で時代について考え、
同じ思いのひとたちを集め、集り、時代の出来事のなかで毎日、時々刻々と壁を崩していったものを集める
ことも、また、2、3個かもっと多くの脂肪玉を自分の皿に入れられるのではないかと、毎日ごった煮をか
き混ぜるのを手伝うようなことは変えなければならないと考えることももう結構というのか。提案するひと
も、アレンジするひとも、大勢順応のひとも、事情のわからないひとも、わかるひとも、情報通もいた。
こっそりと薄暗い時間に芸術家のアトリエに擬したアバートに集まって、世界情勢について議論した。そう
しなければならなかったんだろうが、そうしなかった。とにかくそうじゃなかった。とことんまで考えな
かった。だから、誰も他の者が無茶なことをしないように気を配っていた。自分の尺度であらゆる物事を測
るんだと言われていた。本当にそうだったのか。後で、転換が転換され、壁が崩され運び去られた時、われ
われもそこにいた、という声をよく聞いた。確かに、これまで市民参加の運動への参加について言われたこ
とで十分かもしれないが、ぽくもそこにいた、と大きな声ではっきりと表明する権利をぼくも持っている。
そんなに華々しいものじゃなかったし、脚光を浴びるほどのこともなかった。ギターと歌ですることもほと
んどなかったが、全くやらなかったわけではない。ここに書いたものは朗読会でも読まれた。誰がその集り
にいたかなんてどうでもよいことだ。ぼくたちのサークルはそれほど快適なもんじゃなかった。それはもの
を書く労働者のサークルだったんだが、はっきり言って本当の意味での労働者はいなかった。そうではなく
て、テキストや言葉に関する労働というわけなんだ。 ぼくたちはプロの詩人でもなかったしなりもしな
かった。 これからもならないだろう。ぼくたちはお互い激しく議論したり、小声ではなしたりして理解し
あい、そのなかで自分自身を発見したんだ。
(92年8月11日)
あとがきにかえて
本稿を試みるきっかけは昨年(94年)の春に遡る。当時ベルリソに滞在していてたまたま新聞の「催しもの案内」でこの本の朗読会を知り、タイトルにひかれて覗いてみたことに始まる。両作品とも期待にたがわず「転換」前後の心情を率直に歌っており、特に、シュレーダー氏のハイネの詩「シレジアの織工」のパロディーは重要な解釈なので、日本に紹介してみようと思い、朗読会終了後直ちに両著者に翻訳の許可を得、上述のように、ザイフェルト氏のものは別の誌面で紹介し、本誌にシュレーダー氏の分を紹介させていただいた次第である。
筆者はもともとハイネを中心に取り組んでいて、現代詩にはあまり手を染めていないわけで、全く自信もなく、稿を起こすにはためらいがあったが、作品の内容・性格からして敢えて、翻訳でもなく研究でもない「紹介」という形で試みたわけである。筆の進め方も、あるいは印象・感想的であったり、あるいは浅薄な解釈・検討を交えたりで、見苦しいばかりでなく、内容的にも一方的思い込みや非力故の誤解も多々あるものと思われる。大方のご叱正を乞いたい。
最後に、両著者はすでに本書の続編を準備していて、そのタイトルも「転換後の本」(“ein NachWendeBuch”)として同じく合本の形でこの3月に上梓の運びであることをお知らせするとともに、シュレーダー氏の最近のものを一編だけここに紹介しておきたい。
引き裂かれ
車裂きにされている気がする
新しいドイツの
俗物のきどった態度に
連中ときたら実直で
右に ― 忠実
半人前の国民なんて
いるわけないじゃないか (94年)
mich zerreisst
wie geraedert
neudeutsches
biedermanngetrue
so ehrlich und
rechts − treu
kann doch kein
halbes Volk sein (cs94)
注
1)『愛媛大学教養部紀要』(松山 1994年)第27号 191〜206頁.
2)参照、Jiirgen Kuczynski: Die Geschichte der Lage der Arbeiter unter dem Kapita1ismus.Berlin 1961 . Bd.1,S.152,
3)Heinrich Heine. Siikularausgabe. Berlin und Paris 1979. Bd.2,S.137.
4)Marx/Engels:Werke.Berlin 1961. Bd.1,S.404.
5)参照、東ドイツの民主化を記録する会編『ベルリソ 1989』(1990年 大月書店)の年表1〜2頁及び星乃治彦『東ドイツの興亡』(1991年 青木書店)123〜124頁。
掲載(Veroeffentlicht):
世界文学(Weltliteratur. Tokio) 第81号 1995年7月10日
改定増補(Korrigiert und ergaenzt): 2007年6月25日 Namiki Takeshi
http://8517.teacup.com/heinebooksbuecher/bbs
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